「もう、私たちなんていらないですね(笑)」——AIで転記作業が3時間から5分になった、その直後に出た一言です。笑い話として流すか、正面から受け止めるか。この瞬間に経営者が何を言うかが、その会社のAI活用の行方を決めます。
「もう、私たちなんていらないですね(笑)」
第1回でお話しした、社労士事務所での一言です。賃金台帳の転記が3時間から5分になった、その直後に出ました。
AIで効率が上がれば、現場も喜ぶはずだ。そう思っていると、この一言は笑い話として通り過ぎていきます。今日は、正面から受け止めたいと思います。AIで仕事が速くなったとき、現場に生まれるこの不安に、経営者はどう答えればいいのか。
シリーズ4回目になります。
「いらなくなる」という不安は、本物だ
笑い話のように聞こえて、あの一言は本物の不安です。
前のシリーズで、私はこう書きました。経営者が「何か困っていることは?」と聞いても、現場が「特にありません」と答える。その裏には、いくつかの本音がある、と。その一つが、「この仕事がAIでできるようになったら、自分の存在意義がなくなるのではないか」という不安でした。
賃金台帳の転記が5分で終わるのを目の当たりにすれば、その不安は、はっきり言葉になります。「私たち、いらないですね」と。これを「考えすぎだよ」と流してしまうと、現場は二度とAIに前向きになりません。自分の首を絞める道具を、誰も歓迎しないからです。
「いらなくなるのでは」という現場の不安は、笑い話ではなく本物です。だからこの瞬間、経営者が何を言うかが、すべてを決めます。
「俺が、もっと仕事を取ってくる」
その社労士事務所の代表は、すかさず、こう返しました。
「心配するな。俺がもっと仕事を取ってくるから」
私は、これ以上の答えはないと思いました。
AIで一人あたりの処理量が増えるなら、答えは二つに一つです。人を減らして同じ仕事量をこなすか、人はそのままで、こなせる仕事量を増やすか。前者は縮む話、後者は伸びる話です。代表の一言は、「うちは伸びる方を選ぶ」という宣言でした。
これは、きれいごとではありません。空いた力をどこに向けるかは、経営者にしか決められない、いちばん大事な仕事です。需要を取ってくる。新しいサービスを始める。今までやれなかった顧客対応に手を回す。AIが作業を引き受けたぶん、人は「価値を生む側」に回れる。その配置転換を設計するのが、経営者の役割です。
独立研究者の山口周さんの言葉を借りれば、AIが奪うのは「作業」であって、「仕事」そのものは消えるのではなく、組み替えられる。第1回でも触れたこの話は、雇用の場面でこそ、本当の意味を持ちます。
空いた手を、人にしかできないことへ
では、具体的にどこへ振り向けるのか。象徴的な例があります。
ある不動産会社が、AIでバックオフィスの生産性を大きく引き上げました。さて、その会社が、浮いた時間を何に使ったと思いますか。
さらなる効率化でも、新しいシステムでもありません。答えは、「社員が道路に出て、チラシを配る」でした。
拍子抜けされたかもしれません。でも、私はこれこそ正解だと思いました。事務作業はAIに渡し、空いた人手を、成約に直結する「人にしかできない仕事」へ振り直したんです。チラシを手渡し、声をかけ、顔を覚えてもらう。これは、AIには絶対にできません。
出版大手コンデナストのCEOも、AIがありふれた情報をいくらでも作れる時代だからこそ、最後に価値を持つのは「生身の人間の熱量」だと語っています。整った文章でも、正確な計算でもなく、人の熱。空いた手を、その熱を込められる場所へ動かす。それが、AIで浮いた時間のいちばん良い使い道だと思います。
まず何から始めるか
- ステップ1:AIで浮く時間を「先に」約束する(5分)——効率化を進める前に、「ここで浮いた時間は、人を減らすためではなく、◯◯に使う」と先に宣言してください。現場の不安を消すのは、結果ではなく、最初の約束です。
- ステップ2:「人にしかできない仕事」を3つ書き出す(10分)——自社の中で、AIには任せられない、人の顔や熱が要る仕事を3つ挙げてください。空いた手の、振り向け先になります。
- ステップ3:経営者自身が「需要を取る」一手を決める(継続)——空いた力を活かすには、仕事の総量を増やす必要があります。新規開拓でも、新サービスでもいい。需要を作るのは、現場ではなく経営者の役割です。
縮むためのAIではなく、伸びるためのAIに。
結論|AIは、人を減らす道具ではない
- 「もう私たちいらない?」という不安は本物。ここで経営者が何を言うかが、現場のAIへの姿勢を決める
- 答えは「俺がもっと仕事を取ってくる」。AIで増えた処理力を、縮小ではなく拡大に使うと決めるのが経営者の仕事
- 空いた手は、人にしかできない仕事——顔を合わせ、熱を込める仕事へ。作業をAIに渡し、人は価値を生む側へ回る
AIは、人を減らすための道具ではありません。人を、もっと人らしい仕事に戻すための道具です。空いた手をどこへ向けるか。その設計こそ、これからの経営者の腕の見せどころです。
次回予告
第5回は「『作れる人』ではなく、『困っている人』が作る」をお届けします。これまで道具を作れたのは、技術を持つ人だけでした。でも、日本語で頼めるようになったいま、その前提が崩れています。誰が作り手になるべきなのか。そして、過去に二回失敗している「現場が自分で作る」を、今度こそ続けるために経営者が決めておくことを、お話しします。
参考・根拠資料
- 「シン・仕事術」セミナーおよび支援先での研修・対話(筆者の観測範囲より。社労士事務所、不動産会社の事例を含む)
- 山口周氏のAI論(AIが奪うのはTask=作業、Work=仕事は再構成される)より
- コンデナストCEOによるAI時代の「生身の熱量」に関する発言(日経クロストレンド 2026年6月24日)より
https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/01388/00002/ - 前シリーズ「AIエージェント元年に経営者がやるべきこと」第4回「特にありません」の組織の不安との接続
NEXT STEP
AIで空いた手を、どこへ向けますか
「シン・仕事術」セミナーでは、現場の不安への答え方から、空いた時間の振り向け先の決め方まで、縮むためではなく伸びるためのAI活用を扱っています。自社の「人にしかできない仕事」を、一緒に洗い出しませんか。
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