技術は、うまくいきました。でも、プロジェクトは、止まりました。
AIがちゃんと動けば成果は後からついてくる——もしそう考えているとしたら、その順番こそが、いま最も見直すべき経営判断かもしれません。
技術は、うまくいきました。でも、プロジェクトは、止まりました。
私自身が関わった案件の話です。今日は、少し苦い話をさせてください。
AIがちゃんと動けば、成果は後からついてくる。もしそう考えているとしたら、その順番こそが、いま最も見直すべき経営判断かもしれません。
シリーズ第3回。これまで、AIを小さく始めて現場で動かす話、眠った資産を使える形にする話をしてきました。今回は、その裏側で起きたことを、正直にお伝えします。
「動く」と「儲かる」は、別の話
ある会社で、顧客リストを扱う仕組みを、AIで改修する案件がありました。
技術的には、うまくいきました。ログインの認証を実装し、380件のリストにも対応し、改修は完了。AIは、ちゃんと動いたんです。
ところが、その直後に、実証実験(PoC)は打ち切りになりました。理由は、はっきりしています。開発にかかった費用と、AIを動かし続けるための利用料を足すと、外からリストを買うのとほぼ同じ金額になってしまった。つまり、「お金を払ってまで、これを自前で持つ意味があるのか」という問いに、答えられなかったんです。
「動く」と「儲かる」は、まったく別の話です。技術が動くことに夢中になっていると、この当たり前の問いが、後回しになります。
世の中の「PoC死」は、他人事ではない
実は、これは私の案件だけの話ではありません。
調査会社S&Pグローバルが2025年に発表した調査では、AI施策の大半を本番に届く前にやめてしまった企業が42%にのぼりました。前年は17%です。1年で2倍以上に増えている。しかも平均すると、実証実験の46%が本番に到達せずに打ち切られていました。
「PoC死」という言葉まであるくらいです。動くものは作れる。でも、それが事業の数字につながらないまま、静かに消えていく。これは、いま世界中の会社で起きていることです。
そして、日本にはもう少しはっきりした数字があります。PwCが2026年6月に発表した6か国比較の調査です。生成AIの活用を推進している日本企業の割合は87%。アメリカの90%と、ほとんど変わりません。ところが、生み出した効果を、従業員の待遇や顧客への価格といった形で「外に返せている」割合は、日本は40%で、6か国中の最下位でした。アメリカは75%、イギリスは74%です。
入れてはいる。動いてもいる。でも、その果実が、目に見える形で誰かに届くところまで行っていない。PwCはこれを「導入では負けていないが、効果創出につなげられていない」と表現しています。
私の案件で起きたことは、実は日本全体で起きていることでもありました。
経済学者のダロン・アセモグルさんは、いまのAIの多くを「まあまあの技術」と呼びました。既存の作業を肩代わりはするが、それだけでは新しい価値を生まない、という警告です。私の案件は、まさにその通りでした。作業は肩代わりできた。でも、その先の価値設計が、抜けていたんです。
AIの「利用料」という、新しい変数
ここで、見落とされがちな論点を一つ。AIの「利用料」の考え方が、この1年ですっかり変わったことです。
少し前まで、ChatGPTやGeminiのようなチャット型AIなら、考えることはシンプルでした。有料版にするか、しないか。月いくらと決まっていて、予算が読めたんです。
ところが、エージェント型になると、話が変わります。処理量(トークンと呼ばれます)に応じて、制限や料金がかかってくる。使うほどお金がかかる世界です。
これは、大企業でも起きています。あのマイクロソフトでさえ、2026年5月、一部の部門に「Claude Codeの利用を6月末の年度末でやめ、自社ツールに移行せよ」と指示しました。半年前に、社員へ大々的に開放したばかりなのに、です。配車サービスのUberも、一年分のAIプログラミング予算を、わずか4か月で使い切ったと明かしています。報道によれば、エンジニア一人あたりの平均は月2〜4万円ほど。ただ、よく使う人では月20万円を超えるケースもあったそうです。便利すぎて、予算が溶ける。これが、いまの現実です。
さらに、第1回でお話しした「AIでアプリを作る」段階に進むと、もう一つ別の世界が現れます。アプリがAIに問い合わせるたびに料金がかかる、いわば「AI課金」です。便利なアプリほどたくさん使われ、そのぶんコストも積み上がっていきます。
これからのAIは、Officeのような買い切り・定額のソフトではなく、電気や水道のように”使った分だけ”払うものになっていく。比べる相手は、AIの料金プランどうしではありません。外注費と人件費です。
だから私は、AI利用料を「固定費」ではなく「変動する投資」として見るべきだと考えています。固定費なら、払って終わり。でも、使うほどかかる投資なら、効果を測らないと、いつのまにか予算が底をつきます。その作業を外注したらいくらか、人がやったら何時間か。そこと比べる習慣が要ります。
PoCで、経営者が最初に見るべき数字
では、何が足りなかったのか。振り返ると、構造的なボトルネックは、はっきりしています。
費用対効果の試算が、3週間、手つかずのままだったんです。技術の改修は進むのに、「これはいくらかかって、いくら得するのか」という計算が、ずっと後回しになっていた。動くものを作ることに、みんなの意識が向いていたからです。
もし、最初にこの一枚を作っていたら。「自前で作るといくら」「外から買うといくら」「自前にする意味はどこにあるか」。この比較を、技術に手をつける前に置いておけば、判断はもっと早く、もっと冷静にできたはずです。
元マイクロソフト業務執行役員の澤円さんは、AI時代に問われるのは「AIに何をやらせるかを決める意思」だと言います。同じことが、測り方にも当てはまります。PoCで測るべきは、技術が動くかどうか、だけではありません。それが、お金に見合うのかどうか。何を成功とするかを、経営者が最初に決めておく。これが、抜けてはいけない一歩です。
なお、この案件は、それで終わりにはなりませんでした。認証の実装も、リスト対応も、新しい提案も残したことで、関係は続いています。失敗から関係が壊れるかどうかも、結局は「数字で誠実に語れるか」にかかっている、と感じています。
まず何から始めるか
- ステップ1:PoCの前に「成功の定義」を一行で書く(10分)——「何ができたら成功か」を、技術に手をつける前に一行で決めてください。「動いたら成功」ではなく、「月◯時間減る」「◯円浮く」と、数字で書くのがコツです。
- ステップ2:「自前 vs 外注・既製品」をざっくり比べる(15分)——開発費と、AIの利用料(毎月かかります)を足して、外から買う・既製のサービスを使う場合と比べてください。ざっくりで構いません。この比較が、冷静な判断を支えます。
- ステップ3:3週間後ではなく、初週に費用対効果(ROI)を試算する(継続)——費用対効果の計算を、後回しにしないこと。最初の週に一度ざっと出しておくだけで、「動いたのに止まる」を防げます。
完璧な精度はいりません。早く、ざっくり、最初に。
結論|「動く」の先に、「儲かる」を置く
- AIが技術的に動くことと、事業として儲かることは、別の話。ここを混同すると「動いたのに止まる」が起きる
- 「PoC死」は他人事ではない。世の中の多くのプロジェクトが、成果につながらないまま消えている
- AI利用料は、定額から従量・アプリ課金へと変わってきた。固定費ではなく「変動する投資」として、外注費・人件費と比べて効果を測る
- PoCで最初に見るべきは、技術ではなく数字。「何を成功とするか」「自前にする意味はどこか」を、手をつける前に決めておく
AIは、入れれば動く時代になりました。だからこそ、経営者の仕事は「動かすこと」ではなく、「動いたものを、数字に変えられるか」を見極めることに移っています。これは、技術の話ではなく、経営判断の話です。
次回予告
第4回は「『もう私たちいらない?』——AIで空いた手を、どうするか」をお届けします。AIで仕事が速くなったとき、現場に生まれる不安と、それに経営者がどう答えたか。空いた時間と人手を、何に振り向けるか。ある社労士事務所と不動産会社の話から考えます。
参考・根拠資料
- 「シン・仕事術」セミナーおよび支援先での案件・対話(筆者の観測範囲より。顧客リスト案件のPoC打ち切りの事例を含む)
- S&P Global Market Intelligence「Voice of the Enterprise: AI & Machine Learning」(2025年発表。AI施策の大半を本番前に中止した企業42%〈前年17%〉、PoCの平均46%が本番未到達。北米・欧州の1,000名超が対象)
https://www.spglobal.com/market-intelligence/en/news-insights/research/2025/10/generative-ai-shows-rapid-growth-but-yields-mixed-results - PwC Japanグループ「生成AIに関する実態調査2026 春 6カ国比較」(2026年6月発表。日本の活用推進度87%、財務的還元40%〈6カ国中最下位〉、米国75%・英国74%)
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/generative-ai-survey2026.html - エージェント型AI(Claude Code等)の利用上限厳格化・サブスクから従量課金への移行に関する2026年の各種報道より(マイクロソフトが社内のClaude Code利用を2026年6月末で停止しGitHub Copilot CLIへ移行を指示、Uberが年間AIプログラミング予算を約4か月で消化、等)
- ダロン・アセモグル(MIT、2024年ノーベル経済学賞受賞)「so-so technology」論より
- 澤円氏のAI論(問われるのは「何を測るか・何をやらせるかを決める意思」)より
NEXT STEP
「動いたのに止まる」を、自社で起こさないために
「シン・仕事術」セミナーでは、成功の定義の決め方や、自前と外注の比べ方まで、経営判断としてのAI活用を扱っています。技術の前に数字を置く——その順番を、一緒に確認しませんか。
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