AIの答えをコピーして、別のアプリに貼り付ける。その作業を毎日繰り返していませんか。エージェント型AIは、この「移動の無駄」を丸ごと引き受け始めています。AIエージェント元年シリーズ第4回でお伝えします。
AIを使ったあと、その答えを自分でコピーして、別のアプリに貼り付ける。この作業を、毎日のように繰り返していないでしょうか。
もしそうなら、私たちはまだ「チャット型AIの世界」から一歩も外に出られていないのかもしれません。今日は、その先の話をします。
このシリーズは「シン・仕事術」セミナーの内容を経営者の視点で整理したもので、今回が第4回です。前回は「話すから始める」、声で目的を伝えればAIが応えてくれるという話をしました。今回はさらにその先、AIが「答えるだけ」の段階を超えて「仕事を動かす」段階に入ると、何が変わるのかを見ていきます。
チャット型から、エージェント型へ
これまでのAIとの付き合いは、ずっと「チャット型」でした。
何かを聞く。答えが返ってくる。その答えをコピーして、別の場所へ持っていく。ChatGPTに書かせた文章をGoogleドキュメントに貼る。Geminiに整理させた要点をNotionに貼る。AIは優秀な答え合わせの相手だけれど、実行するのは結局、自分。そういう関係でした。
エージェント型AIは、この関係をひっくり返します。一言でいえば、AIに手足がついたんです。
答えを返すだけでなく、AIが自分でアプリを操作する。カレンダーで予定を確認する。スプレッドシートに数字を書き込む。Notionにページを作る。メールを下書きして送る。「答えを出す」と「やる」が、一つのAIの中でつながりました。
そして大事なのは、これがもう未来の話ではないことです。第1回で触れたAnthropicのClaude Computer Useは正式に提供され、MicrosoftのCopilot Coworkも世界中で使えるようになりました。慣れたOfficeの中で、AIがメールを送り、会議を整え、いくつもの作業をこなす。その世界が、もう私たちの手元に届いています。「いつか来る」ではなく「もう始まっている」。ここが、去年までとの決定的な違いです。
トヨタが現場で減らし続けた「移動の無駄」
ここで、トヨタ生産方式の話をさせてください。
トヨタは現場のカイゼンで、「価値を生まない動作」を徹底的に減らしてきました。その一つが「運搬・移動の無駄」です。モノを加工しているわけでも、価値を足しているわけでもない。ただ、ある場所から別の場所へ動かすだけ。これは純粋な無駄だ、という考え方です。
この目で、私たちの机の上の仕事を見てみると、どうでしょう。「コピペ」が、まさにこれに当たります。
コピーして貼り付ける。この行為は、情報の中身を何ひとつ変えていません。Aというアプリにあるものを、Bというアプリへ「移動」させているだけ。エージェント型AIは、この無駄を丸ごと引き受けてくれます。
ブラウザを何枚も開いて行ったり来たり。コピーして、貼って、また切り替えて、どこまでやったか確認し直す。この移動だけで一日にどれだけ使っているか、一度数えてみてください。きっと驚きます。
「手足がついた」を、私はこう使っている
実際にどうなるのか。私自身の使い方でお話しします。
毎朝のニュースは、AIが集めて、要点をまとめ、私にメールで届けると同時に、Notionのデータベースにも残してくれます。少し前まで、記事を開いて、読んで、メモして、転送して、貼り付けて、とやっていた一連の作業。そのコピペが、まるごと消えました。
もう少し先のことも、できるようになってきました。たとえば、「明日の午後2時にA社との商談がある。その1時間前に、A社の最新ニュースと前回の商談メモを並べて、サマリーにして見せて」。カレンダーを見て、ネットで調べ、過去のメモを引き出し、まとめて出してくれる。この「準備」をまるごと任せられる日が、すぐそこまで来ています。
どれも、特別な技術ではありません。「集めて、整理して、運ぶ」という移動を、AIが代わりにやってくれる。ただそれだけのことで、これだけ手が空きます。
AIは、新しい同僚になる
こうした使い方に共通しているのは、AIが「答えを出す機械」から「一緒に仕事を動かす相手」に変わっている、ということです。
チャット型AIに聞くのは、専門家に質問しに行くのに近い。エージェント型AIと働くのは、隣の席の同僚と一緒に進めるのに近い。これからのAIは、道具というより「一緒に働く存在」になっていきます。
そうなると、問われることは、新しい部下を迎えたときと同じです。どんな仕事を任せるか。何を共有しておくか。どこまで自分で決めて、どこからAIに動いてもらうか。これはもう、マネジメントそのものです。前のシリーズでお伝えした「言語化力・フロー設計・好奇心・評価力」も、結局は「良い同僚と働くための力」でした。AIが同僚になる時代に、その力がそのまま効いてきます。
「特にありません」の裏側
ここまでは、経営者であるあなた自身がどう使うか、という話でした。でも、本当の壁は組織の側にあります。
経営者が従業員に「何か困っていることはない?」と聞くと、たいてい「特にありません」と返ってきます。私は、この言葉を額面どおりに受け取らないほうがいいと思っています。そこには、いくつかの本音が隠れているからです。
一つは、今のやり方が「当たり前」で「仕方ない」と思い込んでいること。長年そうしてきたやり方を、誰も疑っていない。だから「困っていること」として浮かんでこないんです。
もう一つは、もっと言いにくい事情です。面倒で時間がかかる仕事ほど、その分の給料が、残業代まで含めて支払われている。効率化は、人によっては「自分の取り分が減る」話に聞こえてしまう。
そしていちばん根が深いのが、その仕事がAIでできるようになったら、自分の存在意義がなくなるのではないか、という不安です。口には出さなくても、無意識に感じている。だから、変えようという話に、つい体が後ろを向いてしまう。
これを「やる気がない」と責めても、何も動きません。では、どうするか。私は、経営者自身がまず、AIを楽しそうに触ってみせることだと思っています。難しい顔で「効率化しろ」と号令をかけるのではなく、「こんなツールを使ったら、あの仕事、こんなふうにできそうじゃない?」と、面白がって語りかける。
最初の一歩を踏み出すのは、いつだってトップの役割です。社長が楽しそうにしていれば、「ちょっとやってみようかな」という空気が、少しずつ広がっていきます。AIの導入は、ツールの問題である前に、空気の問題なのだと思います。
まず何から始めるか
- ステップ1:毎日のコピペを1つ見つける(5分)——今日の仕事を振り返って、「情報をコピーして別のアプリに貼った」場面を1つ書き出してください。それが、最初に手放すべき「移動の無駄」です。小さく見えても、毎日続けば年間で何十時間にもなります。
- ステップ2:その仕事を、社員の前でAIにやらせてみる(15分)——見つけたコピペ作業を、一度AIにやらせてみてください。できれば、社員の見ている前で。うまくいかなくても構いません。社長が面白がって試している姿そのものが、いちばんのメッセージになります。
- ステップ3:「これをAIに任せたい」を3つ書き出す(10分)——「これを勝手にやってくれたら、どれだけ楽か」という目で、今の仕事から3つ挙げてみてください。その3つが、これからのロードマップになります。
完璧でなくていいです。「コピペをやめる」という小さな一歩から、仕事のかたちは変わり始めます。
コピペがなくなった先に、残るもの
コピペという「移動」をAIが引き受けたあと、私たちの手元には何が残るのか。集めて、整理して、運ぶ作業がAIに移っても、「その情報にどんな意味があるのか」「自社にとって何が大事なのか」を決めるのは、文脈を知っている人間だけです。コピペがなくなることは、単なる時短ではありません。作業から解放された私たちが、本来やるべき「意味を考える仕事」に時間を戻せる、ということなんです。
ここまでの第1回から第4回で、AIとの新しい働き方を見てきました。次回(第5回)は、少し視点を引きます。「そもそもAIは、私たちの会社や経済に、本当は何をもたらすのか」。ノーベル経済学者が投げかけた、ちょっと意外な問いをご紹介します。
「移動の無駄」をなくし、意味を考える仕事に時間を戻す
コピペをなくした先に、組織として何に時間を使うべきか。「シン・仕事術」セミナーでは、エージェント型AI時代の具体的な業務設計と、組織に浸透させるための空気づくりをお伝えしています。
コメント
COMMENT