「どのAIが、いちばんいいですか」。経営者からよく聞かれる質問ですが、その時間こそがいちばんもったいないかもしれません。最高の道具を探す前に、まず球を打つ。AIエージェント元年シリーズ第2回でお伝えします。
「どのAIが、いちばんいいですか」。経営者の方から、よくこう聞かれます。
その気持ちはよくわかります。でも私は、いつもこうお返しします。「それを調べている時間こそ、いちばんもったいないかもしれませんよ」と。今日は、その話をさせてください。
このシリーズは「シン・仕事術」セミナーの内容を経営者の視点で整理したもので、今回が第2回です。前回は「場がAI化する」、AIが仕事の場に常にいる時代が来ている、という話をしました。では、その時代に向けて、まず何をすればいいのか。私の答えは「とにかく、まず球を打つこと」です。
ゴルフ初心者に「最高のクラブ」を勧めますか
たとえば、こんな相談を受けたとします。「ゴルフを始めたいんですが、どのクラブがいちばんいいですか」。
あなたなら、何と答えるでしょう。プロが使う高性能なクラブを勧めるでしょうか。たぶん、しないですよね。「そんなことを悩む前に、まず打ちっぱなしで球を打ってきなさい」と言うはずです。とにかくクラブを握って、振ってみる。話はそれからだ、と。
ところがAIになると、多くの人が「まず最高の道具を探す」ほうへ走ります。ChatGPTとGeminiとClaudeはどう違うのか。どれがいちばん賢いのか。うちの業種にはどれが合うのか。そうやって比較ばかりして、一度も触らないまま時間が過ぎていく。クラブの素材やシャフトのしなりを延々と調べて、一球も打たないのと同じです。
「やり方も含めて、AIに聞けばいい」
私が「下手でもまず触ってみる」で掴んだコツは、すごくシンプルです。「こんなことをやりたいんだけど、やり方も含めて教えて」と、AIにそのまま聞いてしまう。これだけです。
先日、タクシー運転手の方から、こんな相談を受けました。「乗務員日報をデータベースにして、走行ルートのアドバイスをもらえないか」と。
正直、最初は「ちょっと厳しいかな」と思いました。1年ほど前、ChatGPTに紙の表や通帳を読み込ませようとして、ずいぶん苦労した記憶があったからです。あのときの「うまくいかなかった」という感覚が、頭に残っていたんです。
でも、ものは試しと、AIに聞いてみました。やりたいことだけでなく、「どうやればいいか」も含めて。すると、どうでしょう。ものの10分で、アプローチの設計から、日報を読み込んでデータベースにするBOTまで、できあがってしまったんです。
いちばんのボトルネックは、AIの性能ではなく、私たち自身の「どうせ無理だろう」という先入観。やり方を知らなくていい。やり方ごと、聞けばいい。
このとき、あらためて思いました。いちばんのボトルネックは、AIの性能ではなく、私自身の「どうせ無理だろう」という先入観だったのだと。いまのAIは、1年前に私が知っていたAIではありません。やり方を知らなくていい。やり方ごと、聞けばいいんです。まず球を打ってみると、世界はとっくに先へ進んでいる。それを、身をもって知りました。
F1マシンに、初心者は乗れない
「でも、最高の道具を使ったほうが効率的では」と思われるかもしれません。たしかに、性能の高い道具はいい結果を出します。ただし、ひとつ前提があります。その性能を引き出せる腕が、自分にあるかどうかです。
最近、技術に詳しい人たちの間で「Claude Codeがすごい」とよく聞きます。私も触ってみて、確かにすごいと思いました。でも正直に言えば、あれはF1マシンのようなものです。
F1はとんでもないスピードが出ます。けれどそれは、高度な運転技術があって、安全装置も完璧に整っているからこそ。初心者がいきなり乗っても、エンジンのかけ方すらわからない。アクセルを踏んでも、コーナーで曲がれずに終わります。F1がF1として走るのは、ドライバーがその性能を引き出せる腕を持っているからなんです。
これは、前回お話ししたガラケーとスマホの話とも重なります。スマホを一度も触ったことがない人に最新機種を見せても、何がすごいのかは伝わらない。基本を経て、使い続けて初めて、「あの機能はこういうことか」とわかる。F1もスマホもAIも、同じです。
そもそも「最高峰」は、いつでも使えるとは限らない
最高のAIを追いかけることには、もう一つ落とし穴があります。最高峰のAIは、あなたが使いたいときに使えるとは限らない、という現実です。
2026年6月、Anthropicは最強クラスとされる「Claude Fable 5/Mythos 5」を一般公開しました。ところがその直後、米国の輸出規制を理由に、外国籍のユーザーへの提供が止まるという事態が起きました。日本を含む各国の安全保障当局が「悪用されれば深刻なサイバー攻撃になりうる」と異例の警告を出したことも、背景にあります。
最先端のAIは、もはや一企業の製品であると同時に、国家安全保障の対象にもなりつつあります。「世界最高はどれか」を追いかけても、地政学の都合で、ある日突然使えなくなることもある。これが、いまの現実です。
追いかけるべきは「その時々の最高峰」ではなく、「手元の道具を使いこなす自分の腕」のほうです。最高峰は移り変わり、ときに手の届かないところへ行きます。でも、「自分がAIに慣れている」という資産は、誰にも取り上げられません。
AIは「切る道具」と同じ。目的で選ぶもの
もう一つ、大事な見方をお伝えします。何かを「切りたい」とき、道具はいくつもあります。斧、ナタ、カッター、ノコギリ、爪切り。どれも切れますが、紙を切るのに斧を使う人はいないし、木を割るのに爪切りを使う人もいません。
AIも、どこまでいっても道具です。ChatGPTにもGeminiにもClaudeにも、それぞれ得意があります。「どれがいちばんいいか」という問いは、「切る道具でいちばんいいのはどれか」と聞くのと同じ。何を切りたいかで、答えは変わります。
だから、ゴルフを少しやる人がドライバーとパターを別のメーカーで揃えるように、AIもいずれ「文章はこれ」「分析はこれ」と使い分けるようになります。この「使い分ける目」こそ、これからの経営者に要る力だと私は思っています。そしてこの目は、一つの道具を使い込んで「これは得意、これは苦手」と体で掴んで、はじめて育ちます。
おもしろい動きもあります。2026年6月、日本のSakana AIが「Sakana Fugu」を発表しました。複数のAIを束ねて、用途に応じて自動で振り分けてくれる仕組みです。いわば、キャディがクラブを選んでくれるゴルフ。便利です。でも、キャディに任せるにしても、自分がクラブの違いを知らなければ、その提案が良いのか悪いのか判断できません。使い分けを代行してくれる時代だからこそ、「何を任せるか」を見極める目が要る。その目も、やはり一度、自分で球を打たないと育たないんです。
まず何から始めるか
- ステップ1:「やりたいこと」を、やり方ごとAIに聞く(10分)——うまく頼もうとしなくていいです。「こんなことをやりたいんだけど、やり方も含めて教えて」と、そのまま聞いてみてください。タクシー運転手さんの日報がそうだったように、「無理かな」と思ったことほど、試す価値があります。
- ステップ2:「どうせ無理」と思った瞬間を、疑う(3分)——「前にやってダメだった」「うちには難しい」。そう感じたら、それは1年前の記憶かもしれません。いまのAIは、その頃のAIではない。先入観に気づくことが、最初の一歩です。
- ステップ3:まず一つの道具を、使い続ける(5〜10分/日)——ChatGPTでもGeminiでも構いません。一つ選んで、毎日触る。比較は後でいい。一つを使い込んで「得意・苦手」を体で覚えることが、使い分けの目を育てます。
完璧を目指さなくていいです。F1を夢見る前に、まずカートに乗ってみましょう。
まとめ:「最高の道具」より「まず慣れること」
最高のAIを探すより、まず球を打つ。やり方を知らなくても、「やり方ごと聞けばいい」。そして、いちばんのボトルネックは、たいていAIの性能ではなく、私たちの「どうせ無理だろう」という先入観のほうです。
最高峰は移り変わり、ときに使えなくなることすらあります。追いかけるべきは、手元の道具を使いこなす自分の腕。一つを使い込んで「得意・苦手」を掴めば、やがて使い分ける目も育ちます。Sakana Fuguのように振り分けを代行する道具が出ても、任せる目は、自分で球を打って育てるしかありません。
いつかF1を運転したい。その気持ちは素晴らしい。でも、まずはカートでコースの感覚を覚えることが、F1への近道です。AIも、まったく同じです。
次回・第3回は「話すから始める」をお届けします。AIに慣れるための、いちばんハードルの低い入口はどこか。音声入力という方法が、言語化と好奇心を同時に育てる理由を、セミナー参加者の実例を交えてお話しします。
「まず触ってみる」を、組織の習慣にする
個人が球を打つだけでなく、組織全体でAIに慣れていくにはどうすればいいか。「シン・仕事術」セミナーでは、経営者が明日から実践できる具体的なステップをお伝えしています。
コメント
COMMENT