「AIで時間が生まれた」という報告を受けながら、残業時間は変わっていない——その感覚は正しいのです。空いた時間が別の仕事で埋まるのは、担当者のせいでもツールのせいでもありません。「パーキンソンの法則」という組織の自然な動きであり、解決するのは経営側の設計です。
前回は、「AIで業務時間が減っても、人件費が変わらない」という構造的な問題を、製造業の「人工(にんく)」という概念を借りて読み解きました。
今回は、その問題の背後にある心理的・組織的な仕組みを掘り下げます。なぜ担当者は、空いた時間を自分で埋めてしまうのか。そしてなぜ、それは当然の行動と言えるのか。
1. 「やりたかった仕事」が先に動き出す
AIを導入した現場で、よく聞く話があります。
ある卸売業の営業事務担当者がAIを使って受発注処理の時間を大幅に短縮しました。「どれくらい楽になりましたか?」と聞くと、こんな答えが返ってきました。
「おかげで取引先への定期フォロー連絡が、やっと丁寧にできるようになりました」
素晴らしい仕事ぶりです。しかし経営者にとっては、「AI導入前と人件費は同じ、業務量は増えた」という状態になっています。これは、フォロー連絡が不要だということではありません。経営として「その仕事に何人工をかけるか」という設計が、最初からなかったということです。
なぜこういうことが起きるのか。多くの担当者は、日常業務に追われながら「本当はこの仕事もやるべきなのに」という積み残しを抱えています。AIで時間が生まれた瞬間、その積み残しが一斉に動き出す——これは怠慢ではなく、むしろ真面目な行動です。
この現象には、名前がついています。
2. パーキンソンの法則——「仕事は与えられた時間を満たすまで膨らむ」
パーキンソンの法則とは、イギリスの歴史学者C・ノースコート・パーキンソンが1955年に提唱した、組織行動に関する法則です。
「仕事は、その完了に与えられた時間をすべて使い切るまで膨らむ」
なぜこれが重要なのでしょうか。この法則がなければ、「3時間あれば3時間かかる、1時間しかなければ1時間で終わる」という現実を説明できないからです。私たちは無意識に、与えられた時間の枠いっぱいまで仕事をする生き物なのです。
たとえば、報告書の作成に「今週中に」という期限があれば、月曜から始めていた作業でも金曜ギリギリまでかかります。同じ仕事でも「今日の午前中に」と言われれば、なぜか午前中で終わります。これがパーキンソンの法則の実態です。
AI活用の文脈に置き換えると、こういうことになります。「AIで1日2時間の作業が30分に短縮された。では残り1時間30分は?」——その時間は、やろうと思っていた別の仕事で自然に埋まるのです。
KEY INSIGHT
3. 事務職でパーキンソンの法則が働く、もう一つの理由
製造業の現場では、パーキンソンの法則は比較的起きにくい構造があります。
なぜなら、工程が可視化されているからです。「この工程は2人で8時間回す」という設計がされていれば、仮に効率が上がって6時間で終わっても、「では次の工程に移れ」という指示が自然に出ます。時間の使い方が、工程という枠組みで管理されています。
一方、事務職の場合はどうでしょうか。「今日の仕事」の量は基本的に自分で判断します。仮にAIで2時間早く終わったとしても、「ではその2時間は何をするか」を指示する仕組みが、多くの職場にはありません。
その結果、優秀な担当者ほど、こう考えます。「ずっと気になっていたデータの整理をしよう」「クライアントへのフォローメールをきちんと書こう」——これは怠慢ではなく、むしろ真面目な行動です。しかしその行動が、AI効率化の成果をコスト削減につなげることを難しくしています。
4. 製造業と事務職——「見える化」の有無が分かれ目
ここまで整理すると、パーキンソンの法則が事務職のAI活用でとくに強く働く理由が見えてきます。
製造業では「工程の標準時間」が設計されており、仕事の完了が明確です。しかし事務職には「この仕事の適正時間は何時間か」という基準が設計されていないことが多い。だから、時間が空けば「もっとできること」が自然に浮かび上がり、その時間は新しい仕事で埋まります。
つまり、AI活用でコスト削減を実現するには、パーキンソンの法則と正面から向き合う必要があります。ツールを入れるだけでは足りない。「何人工でやるか」という基準を、経営側が設計しなければならないのです。
では、その「設計」は誰がどうやってやるのか——次回はその具体的なアプローチを見ていきます。
まず何から始めるか
このブログを読んで「確かに」と思っていただけた方へ、今週からできる最初の一歩をお伝えします。
- ステップ1:担当者に「今週、AIで何時間削減できたか」を聞く
所要時間:15分。削減できた時間数を把握することが、議論の出発点です。 - ステップ2:その時間が「何に使われたか」を確認する
「別の業務に充てた」なら、パーキンソンの法則が働いています。悪いことではありません。ただ、コスト削減にはなっていないという認識を共有してください。 - ステップ3:「この業務の適正時間は何時間か」を一つだけ決めてみる
全業務を一気に見直す必要はありません。まず一つの業務について、「AIを使えば本来何時間でできるか」を経営者として考えてみてください。
数字は粗くて構いません。「基準を持つ」ことが、変化への第一歩です。
結論|パーキンソンの法則は、経営設計で乗り越えるしかない
- 仕事は与えられた時間を使い切る——これは怠慢ではなく、組織の自然な動きである
- 事務職でAIを導入しても「空いた時間」は必ず別の仕事で埋まる構造がある
- この問題は「担当者の意識」では解決できない。「経営側の工数設計」が必要だ
パーキンソンの法則を止めるのは、ツールではなく経営判断です。
次回は、では実際にどう「人を動かすか」——AI活用で本当の成果を出すための、経営者のリーダーシップについてお話しします。
参考
C. Northcote Parkinson, “Parkinson’s Law,” The Economist, 1955
DeNA AI Day 2026 講演(2026年3月、type.jp掲載)※講演資料に基づく要約
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